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今更ですが、パーフェクトヒューマン(と言っても、曲を知りません)島田です。  
  
  
  

最近、はまっている「根付」制作ですが、毎朝毎晩コリコリ……コリコリ……と黄楊を削っていると、自分の才能が怖くなります。  
す、すごい。ど素人なのにこんなに上手く作れてしまう私は才能があるんじゃないかと。  
  
  
   

でも、一通り完成した自分の作品をじっくり見直すとあちこちにアラがあるのです。そして、プロの作品と比べると自分の作品は文字通り「努力笑……努力賞」にしか値しないのです。  
ええ、こんな未熟の作品を作ってごめんなさいという感じです。  
  
   
  

未熟な自分からすると「完璧」に思えるものも、プロの目から見たら完璧にはほど遠い未熟の結晶でしかないのでしょう。  
  
  
  

一生懸命に毎日勉強し出すと、「毎日、こんなにたくさん勉強しているんだから……もう覚えたから……さっき出来たから……うん、おれ完璧!大丈夫!」と、思ってしまう瞬間があるかもしれません。   
  
 

それ……危険な兆候ですよ?  
完璧だと思った瞬間から、成長は止まります。  
常に未熟であることを自覚して、日々成長したいものです。  
 
  
   

みんな、勉強頑張れ!


2016年12月28日  12:17 AM |カテゴリー: 島田

毎年、元日に年間100冊読書(小説は控えめ)を誓う島田です。  
  
   
 

2016年は、11月の小説解禁(個人的には大きなイベントです)により、12月5日に無事100冊読了しました。  
  
   

しかし、大事なのはここから。   
勝って兜の緒を締めろではないけれど、目標を達成したらどこまで上に行けるかが問題。つまり、年内にあと何冊読めるか……。   
   
   
  

さて、これは宿題にも同じことが言えます。  
  
    

宿題を期日内に終わらせるという目標を達成できたら、その先を目指してみませんか。   
たとえば、宿題を繰り返して知識の定着をはかってもいいし、反復演習により解答時間の短縮をはかってもいいし、追加課題をもらうのもいいでしょう。   
  
   
  
 

いや~、そこまでやんなくてもいいよ~、と思う塾生も多いでしょうが、「そこまで」やらなければ、その他大勢の一人として埋もれますよ?   
成績を上げたい、勉強が得意になりたいと思ったら「そこまで」やってみたらどうですか?  
  
  


2016年12月21日  12:16 AM |カテゴリー: 島田

帰宅したらポストに投げ込まれる大量の折込チラシにまぎれて合格証を発見した島田です。  
  
  
   

ええ、秘書検定ではないですよ、もちろん。   
そうです、私にとってのアキレス腱……天文宇宙検定です。  
いやあ、久しぶりに本気に勉強して、勝ちえた合格なのでうれしいのですが、正直に言えば合格証を見て嬉しさ半減。  
  
   

なぜ、メーテル……  
これでは「銀河鉄道999検定」か、「松本零士検定」にしか見えないじゃないですか!  
  
    
  

それにしても、不思議なのが自分の点数。自己採点よりもかなり低い。  
本当に私の自己採点はあてにならんな……  
  
  

受験まで約一カ月、本気で勉強して「嬉しい合格」を手に入れましょう。  
そして、合格証からメーテルを探しましょう(いないけど)。  


2016年12月14日  12:13 AM |カテゴリー: 島田

小学校から大学まで、入学試験の小論文のなかで、

最も多く出くわす四字熟語の一つが、この「切磋琢磨」です。
    
「新しい環境で、新しい仲間と共に人間性を磨きあい成長していきます」と

宣言するのに使用されています。
          
        
このように現代日本語では、切磋琢磨は、「自身で、または、友人どうしで学問や人格の向上に努力するたとえ」として使われています。
          
辞書によると出典は[詩経・淇奥]「如切如瑳、如琢如磨」と、書かれています。

この出典についてお話しましょう。
          
これは、現存する世界で最も古い詩集である『詩経』

(日本でいえば、『万葉集』のような各国の民謡なども載っている詩集で、孔子も教科書として使っていました)

の、「衛風」(紀元前にあった衛という国の民謡を集めた篇)の第1篇、「淇奥(きいく)」という詩の第一章にある語句が出所になっているのです。それには、

   
             
彼(か)の淇(き)のかわの奥(くま)を瞻(み)れば

緑の竹の猗猗(いい)とうつくし

有(げ)にも匪(あざや)けき君子は

するが如くするが如く

するが如くするが如し

瑟(しつ)たり僩(かん)たり

赫(かく)たり咺(けん)たり

有(げ)にも匪(あざや)けき君子は

終にわするべからず
                

                 吉川幸次郎全集 第三巻  筑摩書房 より
    (本当は、第3章まであり)

とあり、ここから四文字を抜き出し、できた四字熟語となっています。

『詩経』の古い注釈書には、 骨に対する加工が切、象牙に対する加工が瑳、玉に対する加工が琢、石に対する加工が磨となっています。
    
当時は骨やら象牙やら玉やら石やらを加工して、宝飾品にしたり日用品にしたりしていました。
        
この詩は、衛の国の武公という君主をたたえて当時歌われていたものだそうです。
     
意味
あの淇の川の奥の方を見ると、緑色の竹がなんとも美しく茂っています。
あの竹と同じように、素晴らしい君子(武公)は骨を切りだし、象牙をやすりがけ、玉を形作り、石を磨くよう(にして自分の徳を磨いておられます)。
矜持があり、寛大で、徳は輝かしく、威儀がある、素晴らしい君子は、永遠に忘れられないのです。

      
           
これをふまえて、   
「道徳ある君子は、工人が対象への加工を怠らぬのと同じように、つねに道徳の修練を怠らない」ということになります。
  
皆さんも、「覚えてしまったからもう大丈夫」などと油断せず、何回も復習しましょう!
そして、より高度な問題にも対応できるように、自分の学力を研ぎ澄ましていきましょうね!

  
この『詩経』の語句がなぜこれほど有名な熟語になったのか。

それは『論語』の中でかっこうよく引用されたからなのですが、その話はまた次回。


2016年12月10日  2:13 PM |カテゴリー: 堀口

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